2018年11月24日土曜日

仕事と研究のバランス Balance Between Work and Study

ジャグリングなんです 仕事と研究のバランス Balance Between Work and Study

先日のスーパービジョンで Kate(指導教官)に

"How are you?"

ときかれたときにまずはFineと答えつつも、やっぱり仕事と研究の両立はきついって相談からはじまった。

Kateは「あなたが、何の仕事に、どれぐらい取りかかっているのか、正直に教えてね。あなたに過剰な負担やストレスをかけることはよいこと生まないし、PhDの研究が楽しいって思えることが大事だから」と言ってくれた。

資金面のことも具体的に相談する中で、想定する中では、ワーストケースやけれど、パートタイム(※)に切り替える可能性についても話をした。ビザ的には、一応ケース・バイ・ケースで対応可能な場合もあるらしく。しかし、パートタイムにして、6年かけて書き上げるのは、人生のいろんな変化も起こるし、優先順位も変わるから、ドロップアウトしていく人が多いと聞かされた。

ただ、中でも最近、心理学の博士課程を修了した、Joさんという女性は緩和ケア病棟で働く看護師さんで、パートタイムの生徒だったそうな。Kateが紹介するわよというてくれはった。そのJoさんのインタビュー記事を読んで感動した。Joさんには2人の子どももいる。

To juggle her job, studies and look after two children who were teenagers when she began the PhD, Jo kept rigorously to a strict schedule, rising at 5am every day to read.

仕事と、研究と10代の子どもたちの世話をするということをやりくりするのに、厳密にスケジュールを設定し、毎日5時に起きて、仕事に行く前にリーディングをやっていたそうな。

でも、彼女はまさに働く現場で、研究を生かしていた。研究の結果、ターミナルの病棟にいる患者さんや医療スタッフたちが、不安を出したり、残りの時間に対して意思決定を丁寧に行っていくためのミーティングを行えるようになったとか。

彼女に実際に会える日を心待ちにしたい。

そうそう、英語の豆知識
Kateも"juggle"という言葉を用いていたが、いろんなことを同時にすすめていくのをこの表現でいうのは、なんともわかりやすい。ジャグリングが大事。

※イギリスは、社会人コースかではなくて、"Full-time student" か"Part-time student"という分け方で、前者は3〜4年で、後者は最長6年かけて博士論文を仕上げます。

2017年7月14日金曜日

【インタビュー協力】イギリスにおける日本人の自転車利用

警察庁で、LSEの修士課程に在籍されている藤本亜弥子さんがヨークまでご自身の研究のためにインタビューに訪ねてくださいました。

LSE在学中の藤本さん、自らレンタルサイクル!


テーマは「英国における日本人の自転車利用について」

ちょうど、先日、私自身ある地方自治体の職員さんと話していて
「自殺対策は自殺者が減ったら予算が減っていくんですか」
という質問を投げた際に
「私見ですが、そんなことはないと思います。交通事故を例に取れば、ずっと事故死者数は減っていて、でも、車の対策が進んだ分、今度は自転車の対策をとろうといった風に、視点を変えて取り組みは続いていくんだと思うんです」
と答えてくださいました。

その話しを藤本さんにしたときに

「0になるまでの戦いですから」

と言葉にして返してくださったのが、とても心強いなぁと感じました。

自殺対策にしても、交通事故対策にしても、死を限りなく0に近づけるための努力をされている公務員の方の姿を見ると、私も現場でがんばるぞ!と身が引き締まります。もちろん、グリーフケアは「死の後のこと」と思われがちですが、例えば親を事故や自殺でなくした子たちが「同じような亡くなり方を少しでも減らしたい」と行ってなにがしかの活動を生み出してくことがあります。私達リヴオンの団体でも『それでも生き続ける』という自死遺児の文集を発刊し、自殺予防の一助になれればと願いをこめました。

まさに「グリーフから希望を」の象徴です。

で、自転車の話しに戻りましょう。

イギリスの中でも私の住んでいるヨークという街は、比較的平らな土地で、自転車ユーザーにはとても住みやすい街になっています。利用者の幅も広く、ロンドンよりも、子どもからお年寄りまで、みんな自転車にのっているように見えます。

自転車専用のレーンも多いのですが、私は未だに怖くて、時々、降りて歩道をてくてく、自転車を引きながら歩くということをしたりしています。以前、一度怒られたことがこわくて、今でもドキドキすることがあります。基本的には自動車と同じ扱いなので、自動車との戦いのような部分もあり、信号が変わって一気に渡らないといけないときは、後ろに控えてる車にイライラされないよう、全力で渡ります。手信号にもだいぶ慣れてきました。

イギリスの自転車ユーザーはみんな、蛍光色のジャケットと、ヘルメット着用している人が多く、一体いつから、そのようにするようになったのか「ルールを守り、安全に自転車に乗る」という意識はどのように育まれているのか気になりました。

日本では交通事故全体の数は減っているのですが、自転車の事故は数はなかなか減らないそうなので、日本においてもどうやって意識を高めていくのか、まさに課題ですね。

それにしても、貴重なご縁をいただき、藤本さん、ありがとうございます!
修論の無事の完成を祈っています。

2017年5月16日火曜日

【English】the + country the + 国になる国名


We have to put "the" with a country in the following cases:

1) the + United / Union / Republic

   e.g.  the United Kingdom
          the Republic of the Union Myanmar


2) the + plural

    e.g. the Netherlands
          the Philippines

Everything else → NO the

When I leave "the" out  the names of those countries,
native speakers can notice it, though the sound of "the" is
very little heard.

日本語でいう「おばさん」と「おばあさん」
「主人」と「囚人」をネイティブスピーカーが
間違えるのに日本人が気がつくのと似ていると
Nicolaが言うてた。theは発音しているかしていないか
ほとんど聞こえないようなまさに微妙なところであるが
抜ければリズムが変わり、ネイティブには気づかれるという。




2017年5月12日金曜日

【研究メモ】問題意識の根っこが見えた

研究メモ

今は、夜中の1.03

先日のsupervision以来、そもそもの論文の立て付けを考え直さねばならず、かなり頭を抱えてきている。ほんまに苦しい一週間。いろんな文献を探しては読み、探しては読みと繰り返してきて、少し混乱の背景が見えてきたことを備忘録的に書いておきたい。

「3つの死のかたち」
私が心から敬愛している、死に関する社会学者Tony Walter先生の理論で「プレ・モダンの死」「モダンの死」「ポスト・モダンの死」という三つの死の形がある。この中でプレ・モダン的なものは宗教や伝統が支えてきた文脈における死であり、モダンの死というのは医学によって定義される死、そして、ポスト・モダンの死は個人個人が感情を表出していく自我や心理学を基底に置いた死として説明されている。

私が今回苦しんでいるのは、死別の原因、または関係性によってどこまで絞り込んだ研究をするかという点で、なぜそんなにも苦しいのか考えてみた。

リヴオンのミッションにあるように
「グリーフケア(サポート)が当たり前にある社会」を実現すること

が私にとって一番遠いけれど、一番大事な目標。

支えを必要とする人には死の理由がなんであれ、亡くした人との関係がどういうものであれ、その人が必要とするグリーフケア(サポート)が確実に届く社会に近づけたい。

英国もよくよく調べていけば、かなり日本の状況に近い部分があり、やはり死因、関係性による種別ごとの支援が広がっている。ただ2000年代なかばに保健省が出したガイドラインが私にとってはとても重要なもので、死別のサポートをあまねく届ける必要性をうたっている。

私は自死遺族支援に特化した研究がしたいわけでもなく、遺児支援に特化した研究がしたいわけでもない。

全ての死因、関係性でどうグリーフケアが届けられるのかの可能性を検討したい。

もちろん、それぞれを深く掘り下げて、積み重ねていった上に、望んでいるビジョンが見えてくるのかもしれないし、修論はまだまだ入口に過ぎないから浅く広くなるより、狭く深くがよいのは百も承知。だけれど、やっぱり現在はひどく葛藤している。

そんなところに上記のトニー先生の理論を読んだときに、あぁ、なるほどと腑に落ちた感があった。
かつては、死の原因がこうだから、ケアしましょうとか、親を亡くした子だから支えましょうではなくて「死」というものを平等に見る力をもった、ある意味、あらゆる違いを越えて、死と生(いのち)の大きな物語の中で、死別を経験した人や、死を迎えんとする人たちを支えてきたのだということ。トニー先生に以前お会いしたときに、英国のグリーフケアが "highly medicalised"(「かなり医療のものになっている」)と言っていいたのも納得で、結局は医療のメガネで見ると、グリーフは分断的になっていくのだろう。

私はかつての形を取り戻したいわけではないが、分断的だけではないグリーフケアの世界をつくりたい。

「伝統的」「宗教」の限界はありつつ、そこに最大限の可能性を見据えながら、そして何より今は「社会政策」(国だけでなく、あらゆる担い手を前提とした)の視点から、可能性を探りたい。

この10数年出会ってきた多くのご遺族や死別を経験してきた人たちが教えてくれたこと。
死の種類、関係性を越えて、みな死を、死別を経験するという
前提をもってして、この時代に必要なグリーフケアの形を考えていきたい。

さて、どうしよう。
どこをどう、絞るか。
まだまだ悩ましい。

2017年5月7日日曜日

【課題のおはなし2】Healthの頭とTradeの頭


説明を日本フィリピン間の二国間協定で看護師候補者を
日本はフィリピンから2008年から受け入れています。



















春学期はGlobalisation and Social Policy
グローバリゼーションと社会政策の
授業を受講していて、そこで出た課題
(4つのうち自分が選んだものは)

ある国を選び、保健省の公官として
貿易関連の省庁の大臣に対して
ポリシーレポートを提出するというもの。

内容としては二国間経済協定(Bilateral
 Economic Partnership Agreement)
や関税および貿易に関する一般協定(GATT)
によって生じている、保健分野の弊害について
分析して該当する貿易協定に対する政策的な示唆を
与えるべく書かなければいけないというもの。

最初はオリンピック前でホットな話題になってる
タバコ関係にしようかと思ったけれど
自分がより興味のあるものを選ばないと
心身がもたないということを秋学期の
課題で知ったので、日比EPAの看護師候補者の
受け入れ制度にしました。

この課題なにが難しいって
Health 分野から書かれている論文は
かなり見かけるのですが
貿易の視点から書かれているものが
見当たらない上に、日ごろわりと
Healthの分野に近いので、自分の頭が
TradeとかEconomicにまったく行かないのです。
行き来させられるようになるには「脳の筋トレ」※が
必要でした。

※「脳の筋トレ」とは井上英之さんにコメントもらって

まさしく!という言葉だったので、使わせていただきました。
ありがとうございます。

このEPA自体は、医療者の外国人受け入れを
ほとんどしてこなかった日本にとってはとても
大きな協定でした。(2000年中頃、日本にいる
外国人医療者は全国で100人程度)

でも蓋を空けてみれば、なかなかに複雑な事情に
なっており、医療現場は慢性的な離職率の高さと
人材不足という課題を抱えている状況の中、厚労省は
外国人を受け入れることはあくまで

「看護・介護分野の労働力不足への対応として行うものではなく
相手国からの強い要望に基づき交渉した結果、経済活動の
連携の強化の観点から実施するものです」

ということでなかなかに、政策意図が曖昧で
現場と政策との乖離がかなり指摘されています。
フィリピンやインドネシアの看護師「候補者」
たちは実際、自分の国で資格を持っているのですが
日本の国家試験を日本語で3年(+1年延長)のうちに
合格しなければ帰国しなければいけません。その日本語
教育は12ヶ月のトレーニングを経産省と外務省が担当して
民間企業に委託したあとは、病院で働きながら、学んで
くださいということで、病院の側もなかなか、どうやって
医療のトレーニングと、日本語のトレーニング、それから
国家試験対策を担っていくのか、試行錯誤の連続です。

厚労省自体が変えなければいけないところがあるのでは…
と思いつつも自分の立場は厚労省の一役人というロール。

まぁ、そんなこんなで私のポリシーレポートを作成するに
あたっては、この政策の改善についていかにして「貿易大臣」宛
のものにするのかを悩みながら、なんとか書き上げました。

どんなレポートを書いたかは、お恥ずかしいので、一応秘密です。


【課題のおはなし 1】Readingの量

実際に読んだものを並べてみました


















留学して早9ヶ月

多方面の留学経験者のみんなから
Readingの量が「すんっごい量」
と聞いていたけれど
課題を5000words×2本
仕上げるのにこれだけよみました。
参考になるものもなりそうなものも
とにかく読む読む、読む…。

縦にも並べてみましたが、重たくて持てない…。


















実際読んだ量はおそらくこの1.5倍位でしょうか。

というのも印刷まではせずに画面上で読んだものも
それなりにありました。
デジタル・ネイティブな世代の同級生たちが
ほぼ画面で読んでたので、ecoやし、ええなぁと
なかなかに羨ましいと思いましたが、わたしは
ド・アナログ人間なので(あれ、ドって、ど?)
早々にあきらめて、印刷しました。
紙に線引っ張ったり書き込む身体感覚が
わたしには合うようです。

とんでもない量って
どのくらいなのか自分でも
想像がついていなかったけれど
振り返ってみればA4のコピー用紙
500枚1パックがあっという間に
空になっていた。

おうちのプリンターも
「ようがんばってくれました!」
と労いたくなる。

ありがとう。

修士課程一年の英国留学では
課題ともこれでお別れです。
いよいよ、これからは修論の
本格準備。一体この何倍くらい
読むのでしょうか。

楽しみでもあり、恐ろしくもあり。

まだもうちょっと「課題のおはなし」
振り返ってみたいので、よければ
おつきあいくださいませ^^

2017年5月1日月曜日

頭の使い方が全く違うんです

論文を書くときの頭の使い方と
仕事をするときの頭の使い方が
あまりに違う。

一旦論文を書く作業に入ると
仕事に戻ることができなくなる
メールを一本返すのにも億劫に。
ごめんなさい。

一体どうしてこんなに「違う」
のだろうか。

論文を書くとき
一気にものすごい量の情報を処理する。
読む量もさることながら、そこから
何をどう組み立てるのか、取捨選択
しなければいけないし、何よりも
「論理的」でなければならない。

もちろん
仕事をするとき
にも以上のことは必要になったりするが
情報の「量」が異なるのか
たった1つのパラグラフを書くのにさえ
圧倒的な量が求められる。
何本もの論文を探して、読んで
またReference List から論文を
さらに辿って…と。

学術の世界で
まだまだヨチヨチ歩きの私は
自分のやりかたがあっているのかも
わからず…いささかの不安も。

研究者の人たちが
どんなふうに書いているのか
覗き見してみたくなる。

ほんまに、すごいなぁ、学者さんって。

心から敬意でいっぱいです。

ただ、大事なことは自分自身で
時間かけて身につけていくんやろなぁ
とこのブログを読んで思いました。

「描き方を教えるのは簡単だ。
でも、大事なのは自分で気づくことだ。
教えられることに慣れた人間は、
自分だけの力で同じことができなくなっていく。
気づく目を持つには、対象物と徹底的に向き合う
時間が必要なんだ」

という言葉が響きます。

地道にこつこつがんばります。


2017年4月30日日曜日

Love little birds 愛おしい子雁たち




ヨークは大学をはじめいたるとこに鳥がいます。
University of York をUniversity of Duck
と呼び変えられるくらい。

今日は川沿いを自転車で漕いでいたら
親子の真雁たちがいました。
ちょこちょこと歩いている姿は
なんとも愛おしくてたまらない。

ヨーク大の大学院を出た先輩に
「春になったら見られるよ〜」
と聞き、冬の間から楽しみにしていたので
待ち遠しい出会いでした。



2017年4月29日土曜日

It's Friday. だって金曜日だもの


今日は日本はプレミアムフライデーということで…。
金曜日について書いてみようと思います。

以前、英国人の友人とお茶をしようって約束をした時に
「金曜にしよう」
ということになりました。

そして、メニューを何にしようか選ぶときに
ちょっと豪勢な感じの甘いものを頼むことに
したらしく、その時の言い訳として

"It's Friday. OK."

と言葉にしていました。

こちらにきて感じている
「金曜だったらいい」
そういうノリがいいなぁと思います。

別に「プレミアムフライデー」なんて
つくらなくても
毎週の金曜が「だって金曜だもの」
と言えてしまうような文化とか
社会とかつくっていけたらいいのかも。

それは金曜でなくても
自分を甘やかす理由を
こじつけてつくっていい
その感覚って大事やなぁと。

セルフケアの極意。

坊主六日目のツブヤキでした。

2017年4月28日金曜日

リヴオンのお便り

今月からリヴオンのメールレターを希望者の方と
継続寄付の応援をいただいているohanaメンバーの
みなさんにそれぞれお届けしています。

「リヴオン便り」「ohana便り」と
名付けまさに「お便り」として
手紙を書く気持ちで書いています。

社会政策を学びに来て半年。
身近な人を亡くされた方から
直接お一人おひとりのグリーフ
を聞かせていただいた現場を
離れている中で、グリーフに
想いをはせながら言葉を紡ぐのは
私にとって大切な時間です。

定期的に〆切があって
毎月書いていくのは
procrastinator (前のブログ参照)な私には
なかなか大変やなぁと思いますが
誰かが読んでくれて
ほっとしたり はっとしたり
したらいいなぁと思って
綴っています。

このブログもそう。
誰かが読んでくれて
ひとやすみできたり
気づけることがあったり
したらいいなぁって。

言葉の力を信じて
一つひとつの言葉を
選んでいきたいと思います。


もし希望される方がいらっしゃったら
info★live-on.me (★→@) 事務局まで
ご連絡ください^^

ではでは、5日坊主終了。

2017年4月27日木曜日

何を書いて良いやら?

わからない。

けど、4日目。続けたいからとにかく書き始める。

ブログとFacebookの違いについて考えてみると
英国に来てから、Facebookは基本的に日常
眺めていて美しい風景をおすそ分けするために
使っているような気がする。

日本にいた時はもっと
日々の生々しい日常を紹介
していた?気もするが。

学生生活というのはかくも毎日

読む  読む  読む  書く 書く 読む また 書く

の繰り返しでなかなか日々伝えられる
ことが少ない。それゆえに単調な毎日の
中にあるせめてもの色彩とか、変化を
捉えておきたく、定点観測や散歩の収穫を
Facebookからお届けしています。

現実は膨大な読み書きでかなりしんどいけれど
英国やからできる生活を丁寧に生きたい

2017年4月26日水曜日

行政と民間のあいだで考える

今回の課題のテーマが

Public Service Market

という、日本語ではなかなか適切な訳語が見当たらないものではあるが、要は公共サービスの行政だけが担うのではなくて、民間組織(企業やNPOなど)も取り入れ、競争と選択といった「市場」の原理なども活用しながら行っていく形。

その課題を仕上げるために日本の資料を読み込んでいたら、ふじみ野市立のプールで起きた事件と出会った。小学2年生の女児が流水プール内の吸水口より地下水路パイプに吸い込まれて亡くなった。でも原因と背景は、人的なもので、管理ミスであった。行政から委託されたところが、さらに下請けの企業を入れ、その企業に対して、責任を持たせるだけの研修などを行っていなかったという。

いわゆる、介護、子どものケア(保育)、雇用政策、貧困対策などといったいかにもな「社会政策」の分野ではないが、「プール」という現場であっても、そこには「いのち」があるということ。いのちを預かる現場で、いかに、責任持ったマネジメントができるかは重要なのだ。 

民間にただ委託すればいいわけではない。「責任」の共有と、具体的な行動の中身が必要だ。

行政だから責任を担えているとは限らないが、行政がその手綱を握る役割をになっているのは間違いない。

裁判の結果が出た後、ご遺族はどうされているのだろう。

グリーフは裁判が終わっても終わらない。
むしろ終わったところから、生まれてくるグリーフもあるだろう。

グリーフケアがいかに、行政と民間によって届けれていくもになるのか、どうなったら理想的なのか、自分にはまだまだ絵が描けないが、自分の研究に早く没頭できる時間がとれたらと願う。


2017年4月25日火曜日

イギリスの「衣替え」はいつ?

今日は週に一度の英語のレッスンへ。

せっかく春の空気を毎日味わっていたけれど冬が帰ってくる!?
このニュースを見てびっくりしていた。
ちなみに英語で

hail=雹(ひょう)霰(あられ)
sleet=霙(みぞれ)

だそうです。

そんなこんなで今日は冬のジャケットを着ているわけですが、最低気温1度という予報におののいてます。4月の末になぜ、冬服が手放せないの!?という疑問をもとに、ニコラ先生に「一体イギリス人はいつ衣替えをしているんだ」と聞きたいと思いました。
ところが「衣替え」にあたる単語が思い浮かばない。
ニコラ曰く、5月でも雪が降ることがまれにあるので、冬服はしまってはいけないんだ。

”Don't put away winter clothes until May finishes.”

ということはよく言われていたらしいです。
そして「衣替え」に相当する英単語はないそうで。

日本はほんまに「四季」がある国なんやなぁと改めて実感しました。

ひとまず二日坊主な更新にカンパイ。


2017年4月24日月曜日

一日坊主でもいいから


毎日ブログを更新できる人がこの上なくすごいと思ってる。
三日坊主どころか1日でくじけてしまう自分が情けない。

でも、もの書くことは大好きで言葉をつかうことはしあわせだ。

だから、一日坊主でも、何回もチャレンジしたい。
そのうち一日坊主×(1+1+1+1+1+1+1+......)と続いて
気がつけば365回、坊主一年分になってるかもしれない。

まずは、一日坊主でもいいと思って、今日ここに言葉を置いておきます。

あぁ、ブログを毎日書ける人になりたい。

せっかく異国にいるんやから。

2017年2月20日月曜日

アメリカの良いところを知りたくなる2週間

アメリカのいいところをもっと知りたい

だいぶ大量のリーディングをこなしていくことに慣れてきた。とはいえ、まだまだ遅いけれど。

先週は、プレゼンの準備で、US Probation アメリカの保護観察制度について100ページ近くのレポートを一気に読み(+10数ページの論文を数本)今週はひたすらセミナーの準備のためにタバコ規制とグローバル企業の係争について資料を読んでいる。

アメリカの保護観察制度は、各国出身のクラスメイトみんなもびっくりするほど、ひどいことになっていて、犯罪を犯した本人が、保護観察にかかる費用を払わなければいけない。もしそれを払わなければ、民営化された保護観察に関わる企業から、ひどい取り立て屋のような保護観察官たちが「刑務所に入れるぞ」と脅してくる。で、実際に支払えないと、刑務所に入れられる始末。読めば読むほどショックで、 traumatising という言葉をプレゼンの仲間がつかっていたのに納得だった。

タバコについては、オーストラリアがパッケージを均一化して、かつ、めちゃ恐いイメージの写真をつけるっていう政策をつくったら、ホンジュラス、ウクライナ、ドミニカ共和国など様々な国が反対して、WTOの紛争解決制度をつかって係争状態になったって話なんやけれど、なんと、その裏ではグローバル企業(米国)やアメリカの商工会議所が、その国の裁判費用を出していて…。

(※ちなみにちょっとグロテスクですが、気になる方は「オーストラリア タバコ」と画像検索してみてください。驚きのパッケージたちが登場します)

この二週間、アメリカのいいところをもっと知りたくなりました。きっといっぱいあるのに。

そして、わたしはこのオドロオドロしいパッケージングをしたオーストラリアを代表して、WTOの紛争ロールプレイにのぞむべく、準備に励みます。

2017年2月2日木曜日

Learning global poverty and inequality 〜貧困と不平等を学ぶ

最近学んだことの共有 貧困と不平等その1
超お金持ちはもっとお金持ちに 中間層は割をくらってる??



















「留学の報告を楽しみにいつも見てるよ」と友達や仕事仲間が言うてくれるので、それを聞いて、もうちょっと学びをシェアしたいなと思いました。 昨日学んだのは各国それぞれと、世界における「貧困」、そして「不平等」についてでした。 印象的だったのがこのグラフ。セルビア系アメリカ人で世銀にも務めておられた経済学者Branko Milanovic氏の著作 ”Global Income Inequality in Numbers: in History and Now”より 何を意味してるかというと、X軸(横軸)は右に行けばいくほどお金持ち!って思ってください。Y軸は過去20年の間にどれだけ、その人達の所得が変化したかを現しています。 いちばん右にあたる、世界で1%の人たちはめっちゃ、さらにお金持ちになっています。左のはじを見てみると世界で最も貧しい5%の人たちも15%だけ所得を増やしていることがわかります。X軸50のあたりのところには、きっとインドや中国の都市部の人たちがいるのではないかと。ここで目に留めるべきはX軸の80のところ。この人達は、すでにある程度稼いできたmiddle classにあたる人です、過去20年間でほとんど収入が増えていません。トランプ大統領はここに目をつけたと言われています。「アメリカの中間層の怒り」というのが何を示すのかピンと来てなかったのですが、このグラフの説明を聞いて、なるほど、といました。 20年働いても所得が増えなかったら、むしろ減っていたとしたら(きっとこのグラフをもっと細かくみればきっと減っている人と、増えている人がいて、0に近くなっているやろうから)自分やったらどんな気持ちなんやろう。それは国の経済やグローバリゼーションのせいと思うのやろうか…。自分の職種と立場柄、よくわからないけれど、トランプを応援した人たちの声をやっぱりきいてみたい。

2016年12月17日土曜日

コリン先生を訪ねて 





ロンドンから地下鉄で40分、チョリーウッドという郊外まで
Colin Murray Parkes氏を訪ねてきました。
コリン先生は1928年生まれ。とは思えないほどお元気なお姿で、ホームにて
待っていてくださいました。

元祖ホスピスで有名なSt.Chtistopher'S Hospiceに、英国(おそらく世界でも)初の
ホスピスベースのグリーフケアを展開された方です。英国最大のグリーフケアNPOの
Cruseの永久顧問でもあります。Cruseが全国にグリーフケアを展開していく際に大きく
貢献されました。

今回はお世話になっているBath大学のTony教授がご縁をつないでくださり
お会いすることが叶いました。

とにかく、素敵な英国紳士でして、わたしがコートを着る際にはコートを
着せてくださり椅子にかけるときはかならず椅子を引いてくださいました。
私のような異国から来た若輩者にも分け隔てなく、丁寧に接してくださったので
恐縮すると共にドキドキしました。

コリン先生がおっしゃったことの中で強烈に印象に残っているのが

「例えば恋愛をして、仲良くなると、はじめのうちたくさん、たくさん
話をするでしょう。でも結婚したりして、長く一緒にいるようになると
だんだんと話をしなくなる。それは話さなくても相手はこんな風に
考えたり、感じたりするだろうということがわかるから。そうなると
もう相手の存在は自分の中にあるんだ。だからその相手を亡くしたときは
自分自身も失われたかのような痛み、苦しみを感じる。でも時間が経って
自分の中にその人は確かにいる、ということも感じられるはずなんだ」

ご自身の胸にかるく握ったこぶしをこつこつ当てながら、そんなお話を
してくださいました。

イギリスのグリーフケア発展の歴史はまさにコリン先生と共にあるので
これからさらに準備をしていき、修士論文に収録させていただく
インタビューを正式に行えればと思います。

「いつでも準備ができたら聞きにおいでね」

と帰り際もおっしゃってくださり、ありがたい限りです。


2016年12月15日木曜日

I'm a professional procrastinator. ぐずぐず属ギリギリ科の私





大学の図書館通いも一時帰国前、明日で最後。
今日は中国人の同級生と一緒に勉強をしました。
彼女はもうすでにひとつ課題を終わっていて心から尊敬。
まったく反対の種に属するのであろう、いつも一番に終わらせている。

私は見事なまでにあらゆる仕事も執筆も、大学院の課題もいつも〆切ぎりぎり。

こちらに来て、知った新しい表現、単語は procrastination
日本語で「ぐずぐずして、先延ばしにすること」です。

あぁ、思い当たる〜、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

まさに私は professional procrastinator

英語圏の学生に人気の単語?という記事もあり興味深いです。

さて、なぜ先延ばしをしてしまうのかを考えてみました。

1)文献の読み込みをしていると、どんどん「読まなければいけない」
  と思うものが出てきて、書き始められない

2)英語で考えていてもまだまだ浅くしか考えられず自分の思考の
  深まらなさに何も書けなくなってしまう

3)気が散漫であれもこれもと手をだしてしまう(できもしないのにマルチタスク化)

この1)については、同じ種族の先輩から「とにかく書け、何も覚えていなくても
よくわかっていなくてもまず書き始めないと、いつまでも書けない」という
貴重なアドバイスをいただきました。

2)については、真反対の種族に属する夫と、議論した結果、英語で考えられれば
理想的やけれど、ひとまず時間の節約上、一旦、日本語でささっと考えたり
ディスカッションしたりすることで思考を深めてから、書いてみるという方針に。

3)はやはり計画を立てて、それに従う、というしかないような…
なにか良い方法があれば教えてください。

そして、誰か「社会政策」というものに非常に興味がある
話を聞いてディスカッションしてみたいという方がいらしたら
ぜひ私とお話をしてほしいです(笑)




2016年11月14日月曜日

Dilemma between output and input  発信と受信の間でもぞもぞ


日本にいるみんなが夜中だなぁと思ったので、ここぞとばかりに本音を表現してみようと思います。

今日でイギリスでの生活が75日、学期としてはweek7が終わりました。授業自体は残すところ、3週間ばかり。ここのところはもっぱら、来週のゼミでのプレゼンに向けて準備を進めています。

今日の帰り道、真っ暗な道を自転車で走りながら、今までとこれからのことに思いを馳せていました。自分はこれまで10年間、一つの分野で発信する、伝える側、教える側に立ち続けてきたからか、ひたすら受信するという状況に、未だ慣れきることなく、もぞもぞしています。もちろん、日本にいる間に、教えているつもりで、教わっていることもとっても多かったとは思うのですが、ただ、ただ、受信をし続けるという状況に身を置くことは、新鮮なことこの上ないのです。

言葉を使うことが大好きで、言葉の仕事をしてきたけれど(同時に”沈黙”と”聴く”ということもテーマでしたが)今の自分はまだまだ英語で発信するにしても、伝えたいことが10あったらそのうちの2か3くらいしか伝えられない感覚があります。自分の伝えたいボリューム、深さがそもそもの10を膨らませている気持ちはするのですが、そのニーズを変えることはできないため、もどかしさも変えられません。わかっていることは、英語の力を伸ばすしかない、それだけです。

このもぞもぞ感や、もどかしさをこれからどうしていこうか、悩ましいのですが、こちらで、ワークショップや講演をしてみるとか、自分なりのアウトプットも模索していきたいです。
もちろん、ゼミのプレゼン一つとっても大事なアウトプットの機会ではあり、ちゃっかり、イギリスから政策移転した韓国の社会的企業政策についてをケーススタディを取り入れました。こちらで学ぶことは無関係ではないし、現場で活動していると全く目を向けることが出来ていなかったマクロな視座からものを見る力をつけているところです。

それでも、立場や役割を完全に捨ててきたわけではないですが(リヴオンの仕事は引き続き、必要な限り継続しています)自分にとって、いかに、この渡英が一つの喪失の経験にもなっているかということを身にしみて感じています。よくグリーフの事例で「引越し」を取り上げますが「留学」はあらゆる喪失がそこにあると肌でわかりました。

今まで認めてくれていた人たち、自分を求めてくれていた人たちやあらゆる組織に感謝をしています。

わたしはこれまでどれほど他者の承認に支えられて生きてきたのかと、気がつかせてもらっています。

相対的に自分の価値を感じられていたところから、だ〜れも、わたしのことを知らない、わたしのことを承認することもない世界の中で、自分が自分をどう扱うのか。これは大きなテーマやなぁと。
とはいえ、この点については、悩んでいる暇はあまりなく、毎日大量のリーディングに追われながらも、
立ち止まる時間は欲しい!と思ったので、ちょっと日本語で整理して、ここに置いてみました。

さて、紅茶でも一杯いれて、リーディングに戻ることにしましょうか。

アウトプットとインプット、実践と研究、自分にとってよいバランスの模索の旅はまだまだ続きます。

2016年11月12日土曜日

Cafe and Restraurants in London ロンドン滞在記


ロンドンで初めて過ごすショートホリデイ。
久々の再会を楽しんだり、新たな出会いやったり、ロンドンがいかに多様な人たちによって構成されてるかを知る旅になっています。

今回滞在してるホテル Park Grand London Lanacster Gate はハイドパークも歩いて5分ほどで主要駅のパディントン駅も近いのがありがたい。



ハイドパークを散歩して、Marylebornエリアに向かい、ネットで探して当てた居心地の良さそうな Monocle cafe  というカフェに行ってみた。英国て創刊されたグローバル情報誌 MONOCLE が手がけるカフェで、実はこのカフェ日本にも上陸している。ロンドンのお店にはお味噌汁や、Japanese Breakfastも用意されている。結構外国の人がたくさん、お味噌汁とおにぎりと卵焼きがのったセットを食べていて興味深い光景だった。ちなみにわたしは抹茶ラテと、シナモンロールをいただく。日曜の朝はやくから空いてるのも嬉しいポイント。




さて、遅めの昼ごはんは、念願叶って、塩ラーメン!!

龍旗信という我がふるさと大阪のミナミ(正確には堺やけど)で生まれた有名な塩ラーメン屋さんが、ロンドンにある。その名も ittenbari ! でも一点やなくていっぱいメニューはありまっせ!



ロンドンはこの10年くらいで相当な数のラーメン屋さんが増え、歩いてると行列なしてる店も結構ある。
普通のサイズで8.5ポンドだから、まぁ、1000円くらいやろうか。味がおいしすぎて、日本のものとほとんど変わらないことに涙がちょちょ切れそうやった。



Summer Ramen と書いて冷やし中華の写真が貼ってあったのが個人的にはおもろかった。

そしてそして、夜ごはんは何か持ち帰りしてホテルで食べたいなぁと思ったので韓国料理で日曜もやっていて、かつ美味しそうなところをさがした。
見つけたのは Bibimbap Soho




7.5ポンドで、ボリュームもあったので、お得感もある。

最後に...
夜ホテルからどうしてもぷらっと出歩きたくなり、近くの老舗Pub Swanに行こうとしけれど、1人では居心地よさそうでなかったため、ホテルに戻ろうとして、そこに飛び込んできたハラールのお店に入ることに。どうやらマレーシア系のお店。名前は Tukdin で日曜の夜に10時半までやってるというのがおどろき、しかも1人でいても自然な空間。
飲んだのはライチジュース 。2.5ポンドでライチのフルーツもついてて、とても美味しかった。店員さんもフレンドリー。